2016年9月6日

63.世界の平和はまず自分から

(日めくりブログではないので、途中から読むと繋がらないと思います。21稿までが前置きになります。)

前稿では、一日中ポジティブを続けることができたら、最高の世界が現れ始めるという体験談でした。

数々起こるシンクロの一つひとつを検証すれば、偶然とか今まで気が付いていなかっただけ、という結論を出す人もいます。

しかし偶然の数や、人間関係、世間の秩序の変わりようが、もはや別のパラレルを体験しているとしか、言いようがない状態に置かれたらどうでしょう。

まる一日ポジティブを続けるというのは、その大きなきっかけを創ります。

うまくいくと何日も不思議なほどの世界が続きます。

パラレルを少し移動しても気付くのは難しいのかもしれませんが、大きく移動した時には、明らかな気付きを実感するはずです。

こうやって、思考と感情のコラボによって似たようなパラレル世界を、毎瞬のように行ったり来たりしているのが、この波動域の私たちのようです。

そしてまた、無限にあるパラレルの一つである同じ現実としての地球表面も、場所によって少しずつ波動や次元にずれがあり、小さなパラレルのようなものがあります。

地球表面は単一な波動や空間ではなく、パッチワークで出来ている多元的な状態であることも頭に入れて現実を捉える必要があるようです。

同じ現実の中で触れることができる相手であっても、離れているときは違うパッチワーク/パラレルの中で過ごしている可能性があるということです。

同じ世界だから、物理的に物事が同じように見えているとは限らないという事になります。

平和な場所、支配的な場所、カオスが渦巻く場所、見渡せばいろいろなパッチワークがあります。

そうなると、この地球自体も場所によっては違う波動、違うパラレル世界と言ってもいいかもしれません。

人は引き寄せの法則によって同じような波動の者同士が、寄り合うと言われています。

転生も含め長い年月をかけて、自分のミッションを遂行する為に一番適した波動の「今ここ」というパッチワークの中に自分の位置を定めているはずです。(全ては偶然ではないという観点からです)

そこが好ましいと思えなければ、移動するか自分の考えの方を見直したほうがいいのかもしれません。

今私たちがいるこの日本も、小さなパッチワークの集まりであり、場所によってその波動はさまざま。

海外に出てみると、日本はこれでも飛びぬけて高い波動を示しているのが分かります。

よかったね~という話ではなく、ポジティブを保つのに最良の条件が身近にそろっていることに目を向けてほしいなと感じます。

遠く離れた場所や人のネガティブにフォーカスして、それを外側から大きく変えるのも一つの方法ですが、自らが選んで、ここに生まれて来たとすれば、まずは内側である自分と身近なパッチワークのなかで受け入れることの意味を知り、ポジティブ波動を大きくしてゆくことが私たちの役目なのではないでしょうか。

この、内(自己奉仕)と外(他者奉仕)のバランスは、個々のミッション/課題によってウエイトの置き方はさまざまですが、フォーカスの方向を見失わないようにしたいものです。

でないと、ネガティブの度を越えたパッチワークに引き込まれて、ネガティブな現実をまた増やすことになります。

ミイラ取りがミイラになっては、救いたい人たちに手を差し伸べることすら出来なくなります。

多元性を信じるとすれば、真実の追究と共に、自分の世界を変えるのではなく、どの真実を選ぶのかを先に考えたほうがよいのではないかと感じます。

どのパッチワークを選ぶのか、ということにもなりそうです。

そうこう考えるこの瞬間にも、好ましくない真実はパラレルとして創り続けられています。

これに引きずられてリバウンドするのは、もうそろそろやめにしたほうがいいように感じます。

支配を企む者は想像を絶するほど大規模で巧妙な嘘を創り出します。

そして、その信ぴょう性の高さに誰もが騙され、その嘘から真実を創り出してきました。

手で触れるほどでなければ、その真実は定かなものではないと考えたほうが安全です。

探求を深めれば益々複雑化する現実ですが、すべては波動/エネルギーです。

その波動が世界を具現化しているのであれば、自らのポジティブ波動が作用しなければ、それを変えることは出来ないはずです。

自分の外側を変えたければ、自分が変わるほかには、手段はないと思ったほうがいいようです。

私達は偶然ここに居るのではないはずです。

すでに、近い波動を持つ人たちが、家族や友達も含めて自分の地域には何百人もいるはずです。

余裕があれば、次元や波動の大きく違う場所の調和を願うとことも時事的には必要かと思いますが、それ以上に身近なところでの調和への努力が、世界平和への早道ではないのだろうかと思うことがあります。

そして一番近しいのは、自分のほかにはないですよね。

一番先に、開放してあげないといけないのは、自分自身なのではないでしょうか。

自分を正当化するでもなく、卑下するでもなく、他者と比べるでもなく、何一つ恐れるものはない自分。

自分を受け入れ、心の底から愛することが出来なければ、他者奉仕による世直しは叶うものではないと感じます。

自分が住む身近な地域や仲間への小さな気配りを忘れたまま世界平和を願うより前に、しなければならないことはたくさんあります。

戦争やテロで亡くなる人より、平和で裕福なこの日本で自殺する人のほうが、それをはるかに上回るのをご存知でしょうか。

戦争も自殺も原因の根源は、このカオスを意図的に創った闇のせいとして、光側の立場で闘争をうながす人達がいますが、「光に勝利を!」「今こそ勇気と行動の時!」のセリフに大きな分離感と焦りを感じ取れます。

例え相手が闇であれ、そこへの強い分離感は、強いネガティブであることを認識しての行動であって欲しいと願っています。

それを分かったうえで、外側のネガティブな世界が気になる人は、その気になる場所に行ってみるのも一つの方法かと思います。  そして、直接触れて見て下さい。

自分がフォーカスした通りの世界が広がり、そのカオスの現実は、そのパッチワークの中で願い通り体験できることと思います。

それが自分の現実になった時、そこが自分の行動の場所になることで、世界に真実を伝えるという大きい舞台でのミッションに気付くのだと思います。

そうやって命懸けで情報を伝えてくれる人には、尊敬と感謝の念を送ります。

ただし、その情報の多くが意図的に偏向されていることに、無念を感じます。

真実を知るということは必須ですから、そこを見て見ぬ振りはしませんが、インパクトのある新しい情報に感情を左右されているあいだは、その感情というエネルギーが同じネガティブの土俵に乗せられ、火に油を注ぎ続けている可能性があります。

あなたが信じる光は、たぶん本物だと思います。

そしてその光は信じるだけではなく、時には大きく行動を促してくるはずです。

その時、もし、自分以外の者が言うことに夢や希望を託すのであれば、その前に、たった一日だけです。

ポジティブキープがパーフェクトに続くかどうか、トライしてみませんか。

瞑想やくつろげる時間の中ではなく、仕事や通常の生活のなかでのトライです。

全ては波動です。

肩の力を抜き、我慢せず、感情にフタをせず、ポジティブベースで気楽にやりたいことをやってみましょう。

たった一日です。

そうすれば、本当の自分のミッション / 課題に気が付くかもしれません。

そして、世界はあなたと同じ波動になるはずです。


脳天気すぎますか? (*´∀`*)