2.シンクロ(シンクロニシティー)Synchronicity
シンクロニシティーとは、「考えられないほど高い確率で調和の方向に向けて偶然が重なること」 と定義して置きます。
もし、「考える」ということを意識的に止めたり動かしたりすることができたら、面白い「シンクロ」の連続が起こり出します。
そして数々の願いが叶い始めます。
では、どういうふうに「シンクロ」が起こるのかというと、ちょっと長いので個条書きにしてみます。
① 誰でも「考え」ながら行動していますが、それと同時に「感情」のようなものが発生しています。
② そして「今、感じている」その「雰囲気」「感覚」のようなものがあります。
③ シンクロニシティーは、「考え」のほうではなく「感覚や感情」を引き起こすために、まるで「意図」されているかのように数々の偶然を引き起こします。
④ 結果、それが引き金となって、自分を取り巻く世界が次々と構成されて行きます。
⑤ 言い換えれば、「感覚的な願望が叶い続けている」ということになります。
ところが厄介なのは、自分(表層部のいつもの自分)にとって良いことも悪いことも叶ってしまうのです。
これでは願いが叶っていることにはならないですね。
『具体的には、個々の深層部にある「概念」や「信念」的な「考え」、または「思い込み」も含めて自分の世界がどういうものであるかを「観察、考察」することで可否や好き嫌いを決めています。
その結果「ありがたい」とか「怖い」という「感情、感覚」のようなものが湧いてきます。
そして、その「感情的」な感覚を維持させるように自分だけの世界が、しっかりと具現化されています。
それは自分にとっての善し悪しには関係なく、そのとき感じている「感情」そのままに具現化されていきます。
その感情パワーに気が付くまでは、思考によって願望をかなえようとしても、自分ではなく他人が動かす世界が延々と続くように観察できるということです。』
繰り返しになりますが、普段、私たちが抱いている「欲求」という類の願いではなく、「思考深層部」の想念・概念のようなものに反応する「感情」が織り成す世界が、そのまま具現化しているような感じです。
具現化したものから受け取る「感情」の反応を観察していくと、例えばある「不足感」から抱いた「欲求」を補うという願いが叶っていても、全体の「不足感」は充足されず、並行して同種の「欲求」を抱き続けなければいけないように、現実がシンクロによって変化していることが観察できます。
またそこから判断すると、「今」この瞬間の「感覚」を持続させるようにシンクロにシティーが起こり続けていることから、もし不足感があればそれを願いとして感知し、いつも「不足感」が持続するように自分の現実を創造し、いつも不足感という願いを叶えてくれていることになります。
反対に、満足感に「感謝」する感覚が「感情野」にまで達していると、その感覚がいつまでも続くように自分の現実は、シンクロによって変化し続けます。
ほんとに?
試しに小さな願いを一つだけでも、自分が自分に本気で満足し、感謝するようにプレゼントしてあげてみてください。
小さなことで十分です。
ひとかけらのチョコレートでもいいんです。
この気持ちをキープすることで、ポジティブなシンクロがどう続くのか観察してみてください。
何気ない気持ち・感情の動きが、想像を超えて現実の具現化に影響していることに気付かされます。
これは、自分の深層部を整理しながら、「感じる」を観察することでしか気付くことはありません。
また、それに「思考域で分かった」と思うだけでは、ほとんど何も変わらず、それらへの「期待感」から、自分を取り囲む状況がかえって悪化する場合が多くあります。(期待感とは不足感だからです)
冒頭にも書いたように、今の私に起こっているこの「面白くて楽しくて」が、またなんでそうなるのかなどを、もう一人か二人の自分といっしょに、問答や実験を繰り返します。
そうしながら考えたり感じたりするうちに、いろいろな自分が調和を始めます。
面白くなってくるのは、この「調和」に気付いたところからです。
でも私の場合、直ぐにリバウンド、元に戻ってしまいます。
そうならない為の対策がこのブログです。
そして、これも一つの考え方であるというところを御了承の上、傍観下さい。