2015年3月20日

38.今を感じる

(日めくりブログではないので、途中から読むと繋がらないと思います。21稿までが前置きになります。)


ただ単に、「今」を感じるということが、自分の人生にどれほどの影響を与えるのか、その素晴らしさを情報として知ってはいても、過去と未来の「左脳」だけで生きていた私には、理解しがたい世界でした。

「今に在る」ことを忘れ、未来への期待と失望の繰返しの中で、気が付けばあっという間に五十の節目を過ぎていたのでした。(そんで今六十一)

自分のシナリオには入れたくなかった「人生の終焉」というものが少しずつ私の視野に入って来ます。

そして、「左脳」が語りかけて来ます、「もうそろそろ仕事人生は終わりだよ」 と。

ガーン、「もう若くはないんだァ」 となったか、ならないかは覚えていないですが、この辺まで来ると素直に受け入れるか、開き直るかです。

ところがこの「受け入れる」と「開き直る」が最高のポジティブシンクロのスタート地点だったわけです。

人はみな、老いて消えゆくまでのタイムラインの中に自分の人生を描きます。

そして、老いも若きも「左脳」のカウントダウンは止まりません。

「誰しも必ず死は訪れるのだ」 なんて真剣に考えるかどうかは別として、私はこのカウントダウンが幼稚園のときから始まっていたことに気付きました。

小学校に上がるため幼稚園に行く、から始まって中学校に上がるために、社会人になるために、いいパートナーに出会うために、理想の人生を送るために~

振り返ってみると私の人生、肝心なところに「今を生きる」がどこにもないのでは?

親から、先生から、メディアや社会から教えられ、自分でも考え、人より有利に進まなければ、少なくとも落ちこぼれないように、他人を基準にした「誰かより〇〇」の「基準付き欲求」をたくさん抱えて、優越感、逃避、劣等感、嫉妬、批判、分離、依存、執着、期待、失望、我慢、自己満足。

二元性においてこれ全部「恐れ」というネガティブ。

私の人生は 「なんだこりゃ~!」です。

そんなこんなで、シンクロを真剣に考えるほど、自分の信念や常識が逆さまになっていることに気付きます。

さてここからです、 普段顕在意識は一見自分に正当性があるように「思考」し、行動を取っていることが分かると思います。

が、分析を深めていくと実際には「分離」を基盤にして、ネガティブ的「思考」誰かより〇〇の「基準付き欲求」の上に幸せや喜びを感じています。

これでは、ポジティブなシンクロが続くわけがなく、心身を削るか、時として姑息に立ち回ることでしか目的を果たすことができなくなってしまいます。

搾取する者からすると、ほんとに都合のいい「勘違いのポジティブ」な奴隷を自らが演じていたわけです。

私はそれを認識できたことで、ようやく「今瞬間」の深層部・潜在部分に在る刷り込まれた「信念・概念」を見つめ、見極めてみようと思うところまで来ました。

そこで、まずは絶えず感情の動きに気付いている必要があることが分かりました。

方法としては、「感情野」の感覚を「今」の中で感じるのが手っ取り早く、私はいつも深い「平穏感」とかすかに感じる「ワクワク感」そして、肩の力が十分に抜けているかを基準にして観察します。

もし今瞬間の自分の中に、この深い「平穏感」と「ワクワク感」が、感知できれば必ずパワフルでポジティブなシンクロが起こっていることが、検証してみれば分かります。

私は「今を感じる」中で、この「平穏感」と「ワクワク感」がなければ、今は大きな行動には移しません。

また、「ワクワク感」はあるが「平穏感が」がない場合には願いが叶っても、依然「平穏感」は付いてこず、必ずあとでひと波乱(トラブル)が起きています。

これもタイムラインを追って検証してみて下さい。

自分が引き起こした現実の中でもし八方塞がりになった場合、「思考」レベルではどこを探しても「平穏感」はないはずです。

ここは逃げずに「今」を感じ「ワクワク」を探します。

思考レベルでは「平穏感」はありませんが、「今を感じる」ことで「ワクワク」に敏感になってきます。

「今を感じる」に永く集中することができるようになれば、「思考」が止まりますから、ネガティブに大きく傾いた「感情野」も「中庸・中立」に戻ってきます。

その上で、「思考」ではなく、ワクワクのようにポジティブな感覚の方向へ行動をとります。

但し結果はどのみち起こるひと波乱なのですが、「ワクワク」に従えばこの先の展開が容易に予測が出来るので、大きいダメージを受けずに切り抜けられるはずです。

このあとには、待ち構えていたようにポジティブなシンクロが起こり出します。

八方塞がりから出るにはこの方法しか無いことも検証してみてください。

大勢の他人が起こすこの現実の中では、とても願いなど叶いはしないと思い込むのも、自分の信念・概念による八方塞がりです。

人間関係や経済面での八方塞がりは、もう経験したくありませんが一番分かりやすいシンクロが起こるので、検証のチャンスです。

「今」を感じ、自分の内側を見極め、タイムラインを追いながら検証してみることで、予想するシンクロの確率が100%であることに確信を持てるようになってきます。

言い換えれば、自分の願いが叶うか叶わないかが、あらかじめ分かることになります。

20稿の「希望」はポジティブ(愛)、で取り上げた「自分は今の瞬間、全てを手にしている」の意味がこれです。

この「今を感じる」は、「思考」を止めないまでも、少し冷静になれば自分の「感情」がどのような具合かは、直ぐに分かります。

「思考」がうるさくて、冷静になれない場合は数秒間、五感に全力で集中してみます。

しっかり集中すれば、その間だけは思考が停止しています。

私は仕事中や会話の最中でも、時々自分の息を感じてみるように心がけています。

深呼吸ではなく、普通の息です。

ひと息分ですから、5秒前後。

空気が、鼻や気道を通って肺に入ってくる感触、筋肉の動く感触、肌と衣服の擦れ合う感触、そして息の音、周りの音、光。

ついでに空間からエネルギーを貰うつもりで、空気といっしょに体に「気」を取り入れます。


続きます。